ザンビア拠点 研究活動


▼南部アフリカ自然界におけるウイルス性人獣共通感染症病因の生態解明

<背景>
 近年、SARS、ニパウイルス、ハンタウイルス、ヘンドラウイルスやアレナウイルス感染症、パンデミックインフルエンザ、エボラ出血熱などの新興・再興感染症が世界各地で発生し、人類を脅かしている。これらはすべて、自然界の野生動物に寄生し、被害をおよぼさずに存続してきた微生物が、時に家畜、家禽そしてヒトに侵入、伝播して悪性の感染症をひきおこす人獣共通感染症である。人獣共通感染症の根絶は不可能であるため、その発生を予測し、流行を防止する「先回り戦略」によって克服すべきである。本プロジェクトでは、南部アフリカの野生動物および家畜におけるウイルス性人獣共通感染症病因の生態解明を目指す。自然界における野生動物に寄生・共生する微生物の生態を究明し、自然宿主を同定するとともに、人間社会への侵入経路と宿主域決定因子を解明する。

<活動>
 RT-PCR 法およびElisa法等を用いてオオコウモリ(Fruit bat)におけるフィロウイルス等の疫学調査を行っている。また、RT-PCR、PCR法およびElisa法を用いてげっ歯類動物におけるアレナウイルス、ハンタウイルス、ポリオーマウイルス等の病原体に対する疫学調査を推進しており、既に新規アレナウイルス (Luna virus)、ポリオーマウイルス(Mastomys Polyomavirus)を同定して報告している。さらに、RT-PCR、PCR法およびElisa法等を用いてベルベットモンキー、チャクマバブーンにおけるレトロウイルス、フィロウイルス、アルファウイルス、フラビウイルス、ポリオーマウイルス等の病原体に対する疫学調査を推進している。

▼ザンビアにおける原虫性感染症およびリケッチア症の分子疫学的調査

<背景> 
 ヒトに感染するアフリカトリパノソーマ原虫には2種類が知られている。Trypanosoma brucei (T. b.) rhodesienseは主に東~南部アフリカに分布し急性の感染を起こすのに対し、T. b. gambienseは西~中央アフリカに分布し、慢性の感染症を起す。どちらの亜種でも最終的には脳脊髄液中で原虫が増殖し重度の中枢神経系の障害を起こし、治療を施さない場合、死に至る。ザンビアではT. b. rhodesienseが分布しているが、近年の状況については、確定診断が充分なされておらず正確な情報が不足していた。

<活動>
 2005年以来、HATの探索をザンビア国内で展開している。その過程で、2009年、2011年にはマラリアと考えられ治療されていた患者の末梢血液にトリパノソーマ原虫が検出され、人血清抵抗性因子(SRA)遺伝子の存在からT. b. rhodesienseと同定された。これらの情報に基づいて患者居住地域(Chama、Lower Zambezi周辺地域)での調査を開始した。これらの地域ではトラップを設置、ツェツェバエを捕獲し、全DNAを抽出し、PCRあるいはLAMPで原虫遺伝子検索を行っている。さらに、家畜(ウシ、ヒツジ)の血液DNAを収集し原虫保有状況の調査を実施している。同時にマウスを用いた原虫分離を試み、ヒトならびにウシ血液、ツェツェバエ唾液腺から数株を樹立している。これらの分離株の一部はT. b. rhodesienseの特徴であるSRAを保有していることが確認されている。今後、HAT発生地域での原虫保有動物、特に野生動物の探索を実施する計画である。また、レプトスピラ、マダニが保有するリケッチアの検索も実施している。

▼ザンビアにおける細菌性人獣共通感染症の分子疫学的調査

<背景>   
 本プロジェクトではペスト、炭疽、ブルセラ症など細菌性の人獣共通感染症の調査研究を行っている。家畜以外にも野生動物がこれらの病原体の保有動物となっていると考えられており、ザンビア国内ではカバをはじめとした野生動物の不審死が数多く確認され、その原因として炭疽が疑われるなど、野生動物にとって細菌感染症が脅威となっている。

<活動>
   ペストに関してはナムワラ周辺地域での発生報告があり、2005年以来げっ歯類動物と付着しているノミを採取し、ペスト菌(Yersinia pestis)の検索を行っている。現在までにペスト菌遺伝子は検出できていないが、Q熱の原因であるCoxiella burnettiなどが検出されている。
 また、2011年ザンビア東部州において300件を超えるヒト炭疽と疑われる症例が報告されたことから、炭疽分子診断法を導入し、炭疽の確定診断及びその感染経路の解明を進めた。感染患者が接触した動物(カバ)及び周辺土壌サンプルから炭疽菌が検出、単離され、感染者が居住する地域の炭疽菌汚染が広範囲にわたることを明らかにしてきた。現在、ザンビアにおける炭疽対策に協力するため、ザンビア国内の野生動物、家畜および土壌を対象とした炭疽菌汚染の調査を進めている。

▼Mycobacterium属菌由来人獣共通感染症の解析

<背景>
   国立公園野周辺に居住して牧畜に従事している人々は家畜および野生動物との濃密な接触があるものと考えられる。これらの人々の多くは動物を収入源とし、同時に乳および肉を食料源としている。ザンビアを含むサハラ砂漠以南の国々ではHIV/AIDSが流行しており、それに伴った免疫抑制を原因とするヒトの結核罹患率の急速な上昇が懸念材料となっており、人獣共通感染症としての結核の制御も重要な課題と考えられている。しかしながら、ザンビアにおいてはMycobacterium bovisおよびM. aviumによる人獣共通感染症としての結核に関する研究は為されておらず、ヒトへの動物由来結核の浸陰状況は明らかとなっていない。本プロジェクトでは、結核菌を始めとするMycobacterium属菌のヒト、家畜および野生動物間の伝播状況および伝播様式を明らかにして、人獣共通感染症としての結核の対策に資することを目的としている。

<活動>
   屠畜場、ザンビア大学獣医学部および農業省所管の家畜検査室において家畜(ウシ)および野生動物(lechwe; リーチュエ)から収集した検体を対象としてPolymerase Chain Reaction (PCR)および Loop mediated isothermal Amplification (LAMP)を用いて結核感染を確認している。結核感染が確認された検体については培養により原因菌を分離するとともに、DNAを抽出して分子疫学的解析により、ヒト、家畜および野生動物間の伝播状況および伝播様式を解析している。これまでの結果から、ウシとリーチュエ間にM. bovisが蔓延していることを見出している。現在ヒト-動物間の同菌種の伝播の有無を明らかにするためにヒト由来検体の収集を進めている。

▼鳥インフルエンザウイルス調査

<背景>
 A型インフルエンザウイルスはヒトを含む多くの哺乳類および鳥類に感染する。A 型インフルエンザウイルスは2種類のスパイク蛋白質、ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)の抗原性によって、HAは16種類(H1-H16)、NAは9 種類(N1-N9)の組み合わせからなる「亜型」に分類されており、様々な亜型の ウイルスがA型インフルエンザウイルスの自然宿主である野生の水禽から分離されている。これらのウイルスの一部が他の野生動物、家禽、家畜あるいはヒトに伝播し、病原体となる。特にH5およびH7亜型のウイルスの中には、鳥類に致死的な感染症をひきおこす高病原性鳥インフルエンザウイルスとなるものがある。低病原性ウイルスは呼吸器や消化器などの局所感染にとどまるが、高病原性ウイルスは致死的な全身感染を引き起こす。近年、鳥インフルエンザウイルス、特にH5N1亜型のウイルスがヒトに感染してパンデミックウイルスとなる可能性が危惧されている。野生水禽は、このウイルスを運ぶキャリアーとなる可能性があるので、アフリカにおける野生水禽、特に渡り鳥におけるウイルス保有実態調査の必要性に迫られている。

<活動>
 2006年から2010年のロッキンバー国立公園の調査で、野生水禽から100個以上の糞便サンプルを採取し、これまでに13株のA型インフルエンザウイルスを、ペリカン、ガンおよびカモから分離した。それらのウイルスのHA亜型は、H3, H4, H6, H9, H11であった。遺伝子の進化系統解析によって、それらのウイルスは ユーラシア系統に属することが分かった。さらに、これらのウイルスの一部は南アフリカの家禽に流行している鳥インフルエンザウイルスの遺伝子と近縁であったことから、南部アフリカにおいて野生水禽と家禽の間でウイルスの伝播が起こったことが示唆される。今後も南部アフリカにおける野生水禽および家禽が保有する鳥インフルエンザウイルスの継続的なモニタリングが必要である。

▼ 結核及びトリパノソーマ症の診断法と治療薬開発

<背景>
 結核は主として結核患者から咳、くしゃみ等を介して放出される結核菌を含む飛沫核の吸入を感染経路として伝播する感染症である。発症した結核患者の多くは肺に病巣を有し、肺の機能低下や喀血により死の転帰を取る。年間の結核新規患者数が約65000人、死亡者が約15000人を数えるザンビアにおいて結核対策は急務と考えられる。一方、ツェツェバエによる吸血を介して感染したトリパノソーマという鞭毛を持った原虫により引き起こされるトリパノソーマ症は、いわゆる眠り病である。ザンビアにおけるトリパノソーマ症の疫学調査は充分に実施されていないため実数は把握されていないのが現状であるが、マラリアとして誤診され間違った治療を受けている例も少なからずあるものと考えられる。本プロジェクトでは、簡便かつ安価な遺伝子検査法をザンビアの臨床現場に実装する事によりザンビア国民の健康に資する事を一つの目的として活動を進めている。また、治療薬の選択肢の少ないトリパノソーマ症の新たな治療薬候補物質の探索をもう一つの目標としている。

<活動>
 結核研究では、大学研究教育病院と共同で等温遺伝子増幅法を基盤とした新規迅速診断法および遺伝子変異検出を基盤とした結核の迅速薬剤感受性試験法をザンビアにおいて実装可能な方法として確立することを目指して共同研究を進めている。一方トリパノソーマ症研究では、ザンビア大学と共同で等温遺伝子増幅法を基盤とした新規診断法をザンビア共和国において実装可能な方法として確立するとともに、トリパノソーマ症に対する新規治療薬候補物質を合成し、日本およびザンビアで有効性を評価する事により新薬開発へと繋げる事を目指して共同研究を進めている。


主な事業

 ◆2005年度~2009年度 新興・再興感染症拠点形成プログラム
  「人獣共通感染症克服のための包括研究開発」
  (研究代表者  喜田 宏 )

 ◆2010年度~2014年度 感染症研究国際ネットワーク推進プログラム
  「人獣共通感染症克服のための国際共同研究」
  (研究代表者 喜田 宏;2013年度~  澤 洋文)

 ◆2015年度~ 感染症研究国際展開戦略プログラム
  「人獣共通感染症の克服に向けた国際共同研究開発戦略」
  (研究代表者  澤 洋文)

 ◆2008年度~2013年度 地球規模課題対応国際科学技術プログラム
  「結核及びトリパノソーマ症の診断法と治療薬開発」
  (研究代表者  鈴木 定彦)

 ◆2012年度~2018年度 地球規模課題対応国際科学技術プログラム
  「アフリカにおけるウイルス性人獣共通感染症の調査研究」
  (研究代表者  高田 礼人)