注意点
ポイント
・2024年5〜6月に北海道道央域で(大変ハードな)マダニの野外調査を実施した。
・採集したマダニの種を同定し、それぞれのマダニが保有している病原体を検索した。
・この調査結果を元に、マダニとダニ媒介性病原体の分布を決定する環境因子を特定し、モデルを構築した。
・構築したモデルを使うことで、道央域でマダニとダニ媒介性病原体の分布を推定できることを示した。

図. 推定された各マダニ・マダニ中の病原体の分布
赤色が濃い(明度が低い)地域ほどそのマダニ・病原体が分布する可能性が高いことを示す。あくまでも可能性であり、緑色(明度が高い)地域にマダニ・病原体が分布していないことを保証するものではない。
筆頭著者による解説
ダニ媒介性感染症の予防策を考えたり生態学的調査を実施する上で、「どこにマダニや病原体がいるのか?」は基本的かつ重要な問いの1つです。ダニ媒介性感染症のリスク分布の解明には、長期間受動的に蓄積したデータ(病気の発生数など)を転用することが多く、積極的な野外調査はあまり実施されていません。そこで私は、力業の野外観察に基づいてマダニとダニ媒介性病原体の分布解明を目指してみました。
1ヶ月半で道央の171箇所を巡り、「各場所30分間で私1人でフラッギングする」という一定の努力量でマダニ採集を行いました。採集されたおよそ1万個体のマダニからは5種類のダニ媒介性病原体*(エゾウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルス、ベイジナイロウイルス、ライム病ボレリア、回帰熱ボレリア)を検出しました。解析の結果、道央においては、ヤマトマダニやシュルツェマダニといったIxodes属のマダニが病原体を保有しており、空間分布の形成にも重要であることがわかりました。マダニの分布には積雪が重要そうでしたが病原体の分布には積雪の効果がほぼなく、そのような異なる相互作用によって病原体の分布はベクターであるマダニの分布とは異なる形になるようです。さらに、鳥に嗜好性が強いとされる種(キチマダニやエゾウイルス)では分布が比較的散発的になるということも示すことができました。
本研究により、道央という限られた地域のみですが、それぞれのマダニや病原体がどこにいるのかを明らかにすることができました。しかしこれはあくまで2024年に実施した1回の調査に基づく予測であり、分布は時間変動しないのか?本当にその場所で感染環が維持されているのか?など、次なる問いが生まれています。今シーズンもハードに野外調査を実施し、そういった問いに答えていきたいと思っています。
ちなみに今回の論文で一番気に入っている文は↓です。
Tick collection in the present study was performed only by the first author (M.I.) for 30 minute at each site to maintain constant sampling effort.
本研究におけるマダニ採集は、各地点で筆頭著者 (私) のみで30分間ずつ実施することで、サンプリングバイアスをできるだけ排除した(意訳)。
実は本研究はある本に感化されて実施したところがあります。それは、かつて北大にあった研究室を描いた『パワー・エコロジー』という書籍です**。書籍の内容は出版社のHPを参照いただきたいのですが、簡潔に紹介させていただくと、泥臭いフィールドワークに基づく研究ってイイよね!と思わせてくれる本です。感染症分野では野外調査があまり重要視されませんが、少なくともダニ媒介性感染症においては、野外観察と生態学的解析は興味深い知見をもたらしてくれると私は信じています。今後もハードな野外観察を基礎として、ダニ媒介性病原体の生態解明に取り組んでいきたいです。
*今回取り上げた病原体のうち、エゾウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルス、ライム病ボレリア、回帰熱ボレリアの感染者は毎年のように北海道で報告されている。ベイジナイロウイルスは、中華人民共和国でヒトに病気を起こすダニ媒介性ウイルスとして報告され、北海道のマダニにも分布していることが分かっているが、感染者は見つかっていない。
**佐藤宏明, 村上貴弘 共編. パワー・エコロジー. 海游舎. 2013.



