細菌感染症の予防と制圧を目指して研究しています

炭疽菌とは

 炭疽菌 (Bacillus anthracis) は、細菌感染症の中でも最も重篤な症状を誘発する炭疽 (Anthrax) の原因となる細菌であり、医学、疫学、獣医学分野のみならず、近年の分子生物学や構造生物学領域においても、毒素タンパク質の詳細な毒性発現機構や分子立体構造に関する研究が進んでいます。世界における炭疽の年間発生件数はヒトで2万人、家畜では100万頭に達すると推定されています。炭疽菌は、土壌から野生動物および家畜に感染し、通常ヒトは炭疽菌感染動物と接触することで感染すると考えられています。また、近年には炭疽菌を用いたバイオテロリズムによる人為的な炭疽が発生しました。炭疽はヒトからヒトに伝播しないため、その予防には、

  (1) 炭疽菌の汚染状況を調査し炭疽の発生を予測すること

  (2) 炭疽菌に感染した動物を的確に検出し淘汰すること

  (3) 炭疽菌感染リスクを伴うヒトへのワクチン接種

が、効果的であると考えられます。

炭疽流行地域において不審死をしたカバの写真です炭疽菌コロニーの写真です 炭疽菌のグラム染色像です

炭疽の流行地域における疫学調査

(1) 炭疽菌の汚染状況を調査し炭疽の発生を予測する

 炭疽菌は、バシラス属に分類されるグラム陽性の芽胞形成桿菌です。芽胞は熱や化学物質に対して非常に高い耐性を持つ構造体であり、このため炭疽菌が蔓延する地域から炭疽菌を除去することはきわめて困難です。当研究室では、感染症危機管理の観点から、発生の予測、流行早期における病原体検出、感染源・感染経路の究明及び薬剤耐性菌対策への貢献を目的として、炭疽流行地域における疫学調査を行っています。

 2011年にザンビア共和国で発生した炭疽のアウトブレイク(散在性の集団発生)に際して、ザンビア共和国政府の要請を受けて緊急渡航し、不審死をした野生動物検体 (カバ、象など) 、その地域の土壌サンプル及び不審死をした動物に接触したヒト検体の解析を行いました。それらの検体から炭疽菌を単離することに成功し、ザンビアにおける炭疽感染経路の究明と今後の予防対策の立案に貢献しました。また、次世代シークエンサーを用いてザンビア共和国各地で単離した炭疽菌株の全ゲノム解析を行い、その構造の比較・解析を進めています。現在も定期的に炭疽菌汚染地域のサーベイランスを行い、炭疽予防に資する情報収集を続けています。

フィールドワークの様子ですフィールドワークでサンプリングをする様子です

ザンビア拠点P3実験室の様子です次世代シークエンサーの写真です

    

(2) 炭疽菌に感染した動物を的確に検出するための診断方法を開発する

 炭疽菌は他のバシラス属細菌と形態が酷似しており、形態観察のみでは正確な診断ができません。また、炭疽菌に特徴的な複数の性質を指標とした生化学的な検査は時間がかかるため、炭疽の流行地域においても利用可能、かつ迅速な診断方法の確立が求められています。当研究室では、従来の方法に比べて簡便で精度の高い炭疽菌検出方法の開発を試み、2012年に新たな分子診断法としてザンビア共和国に導入しました。この診断方法をザンビア共和国を始めとした炭疽流行地域へ広く導入し、現地の実情に見合った技術的支援を行うことで炭疽の予防対策に貢献していきたいと考えています。

炭疽菌毒素の立体構造情報に基づく新規予防法・治療法の研究開発

(3) 炭疽菌感染リスクを伴うヒトへのワクチン接種

 炭疽菌は人類史上最初に発見された病原細菌であり、そのワクチン開発に関しても古くから研究が進んできました。現在、動物に対しては炭疽菌の弱毒生ワクチン及び死菌ワクチンが用いられ、家畜における炭疽予防に一定の効果を示す一方、これらはヒトに対して重大な副作用を引き起こします。

 当研究室では、安全性と有効性を兼ね備えた新しい抗炭疽ワクチンの開発に結実させることを目指し研究を行っています。炭疽菌毒素タンパク質複合体の立体構造情報に基づき、高速計算機を用いた計算科学的アプローチ、タンパク質工学的手法、構造生物学的手法を利用し、抗炭疽ワクチン抗原としての新規人工分子を作出するタンパク質設計手法を構築します。また、ワクチン接種により引き起こされる副作用を軽減するために、分子構造の安定性を保持しつつ分子の最小化を行うための手法を開発しています。人工設計タンパク質を実際に作出し、生化学的、分子生物学的研究手法によりその分子機能解析を行い、実験動物を用いて抗炭疽ワクチン抗原としての有効性を検討しています。本研究から得られる成果は、人工タンパク質の構造設計と機能制御モデルの構築を通して、炭疽対策に限らず、多くの新興・再興感染症対策の開発に大きく貢献するものと期待しています。

      

研究の概念図です 実験施設での研究風景です

細菌感染症の克服を目指して

当研究室では上記のバシラス属細菌に加えて、いくつかの細菌感染症研究が現在進行中です。追って本ページにて紹介いたします。

今後も広く自由に細菌感染症研究を展開して行きたいと考えています。「この細菌の研究をやってみたい!」という積極的な大学院生を歓迎しサポートいたします。当研究室の研究目的に関連する共同研究も募集しております。  

ご興味のある方はお気軽にご連絡ください。