所長挨拶

人獣共通感染症の克服に向けて

 

20世紀以降、新興・再興感染症が世界中で発生し問題となっています。その多くは野生動物(自然宿主)が保有する微生物が、家畜・家禽そしてヒトに伝播してひきおこす人獣共通感染症です。農地確保等のための大規模な森林伐採は、自然界と人間社会との接点の増加をもたらしました。また、温暖化によって生じた近年の地球環境の変化は、様々な動植物の生態や生息域に影響を与えています。これらが要因となって、本来自然宿主が保有していた微生物が家畜・家禽そしてヒトに伝播する機会が増え、人獣共通感染症の多発を招いていると考えられます。さらに、貿易のグローバル化とボーダーレスの国際交流によって、食肉、飼料、野生動物や愛玩動物等の取引や航空機による旅行者の移動が増加し、新たな人獣共通感染症が発生地域にとどまらず短期間で世界中に拡散する危険性が高まっています。2013年から2016年にかけて西アフリカ諸国で流行したエボラ出血熱や2019年に発生して世界を大混乱に陥れたCOVID-19のパンデミックは、感染症には国境がなくその克服には国際協調が必須であるという当たり前の事実を私たちに再認識させることとなりました。

 

医学の研究・教育の目的はヒトの健康保持・増進であり、獣医学の目的は家畜、家禽、蜜蜂、魚および愛玩動物の病気の予防・治療です。行政では、ヒトの医療は厚生労働省の、動物の伝染病予防は農林水産省の管轄下にあります。したがって、人獣共通感染症は、研究、教育および行政の何れにおいてもカバーされない狭間にあり、人獣共通感染症の包括的な研究・教育を行うための基盤がありませんでした。そのような背景の中、病原体の生態と伝播経路解明、宿主域と病原性の分子基盤解明、人獣共通感染症の発生予測および予防・診断・治療開発等に総括的に取り組む組織として、2005年に「人獣共通感染症リサーチセンター」が5年間の時限で設置されました。2010年に同センターは全国共同利用・共同研究拠点として文部科学省に認定され、5年の時限が解かれました。翌2011年11月25日には、WHOから人獣共通感染症研究協力センターとして指定されました。設立当初から16年間におよぶ活動成果は、関連学会、文部科学省、農林水産省、厚生労働省および環境省、製薬・ワクチン・診断機材産業、諸外国の関連研究所ならびにWHO、OIEおよびFAOなどの国際機関に高く評価されるに至りました。これを受けて、北海道大学は、2021年4月 1日付けで同センターを改組・拡充し、附置研究所「人獣共通感染症国際共同研究所」が発足しました。

 

人獣共通感染症国際共同研究所の研究・教育活動は、医学、獣医学、薬学、工学、理学等を基盤とする、ウイルス学、細菌学、寄生虫学、免疫学、病理学、分子生物学、構造生物学、疫学、情報科学等の専門家が結集、協力して新たな分野を創成するという点で他に類を見ないものです。本研究所は、人獣共通感染症に特化した研究・教育を推進すると共に、海外の多くの機関と共同研究を進めています。教育面においては、国際感染症学院における博士課程大学院教育に加え、国内外の研究者、大学院学生ならびに専門技術者に対する教育・研修プログラムを提供して、人獣共通感染症対策の専門家を世界に送り出しています。

 

COVID-19のパンデミックが終息した後も、人獣共通感染症は世界各地で発生し続けることが予想されます。未知のウイルスによる新たなパンデミックへの備えも必要です。人獣共通感染症は、個々の科学分野の努力だけでは克服する事が困難です。ヒトと動物の健康および地球環境の健全性は互いに関連し影響を及ぼし合っているからです。地球上の全てのヒト、動物および環境を一体として包括的に考える「One World, One Health」のコンセプトのもと、私たちは人獣共通感染症克服のための研究と教育に取り組んでいます。

 

                                                             (2023年4月1日)

                                                             所長 髙田 礼人

 

 

 

 

 

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